結婚して、子供が産まれて、「何かを決める」という場面がとても増えた気がする。
一人で暮らしていた時は、何をするにも自分の思うままでよかったけど、今は違う。
わたしの決断は親である以上ある程度の責任を伴うと思っている。
今回は何かを決めるとき、ずっとモヤモヤしていたことと、その気持ちを晴らしてくれた田口久人さんの詩について書きます。
私の小さな悩みごと
「保育園と幼稚園はどっちがいいか」
「家は賃貸がいいか、持ち家がいいか」
「習い事はやるか、やらないか」
「怒るべきかな、怒るほどのことでもないかな」
「断乳は早いかな、それとももうした方がいいのかな」
「まだ言っても分からんかな、でも躾として必要なのかな」
書きだしたら、きりがない。
小さなものから大きなものまで色々とあるけど、私は何かを決めるたびにたくさん考えて、たくさん迷ってきた。
正直、それがしんどいときもあって。
わたし
って思うことも少なくなかった。
私はどっちでもよいんだけどさ、子供にとってはどうだろうねって思うと悩んでしまうんよね!
そして選んだ選択肢があっているのか。あっていたのか。
なんかモヤモヤは募っていて。
そんなとき、インスタグラムのタイムラインで、こんな投稿がシェアされているのが目に入った。
田口久人さん(@yumekanau2)の投稿
この投稿を見て思ったこと
あたりまえのことやけど、選択肢の「正解」は本当にひとそれぞれ。
もし私が子供や家族のために何かを選択する必要があるなら、「家族が笑顔でいられるか」を一番に考えるべきなんじゃないかと思う。
ようは幸せだったらそれでいいんやないん?ということ。
そして、その時間軸は、先の未来よりもずっと「今」が大事だと思う。
それは本当に子供のため?
親になると、子供の危険予知をする癖がついているんじゃないかなと思う。
それは道路の溝に足がはまらないように、とか、そんな数秒後の未来のことから、小学校や中学校、そして家を離れる日のことまで笑、この先のいろんなことを考えたり、心配したりする。
そして私は先の事ばかり考えて、たまに今の娘たちが見えなくなっていることがある。
娘がやりたいと言ったピアノだけど、少し難しくなってやる気がなくなってきた娘。
「やめていいよ」って言うのは簡単だけど、ここですぐやめたら逃げ癖がつくんじゃないかな、とか。
大げさかな。笑
まだ一人で練習できないから、私も隣で頑張って教えるけど、反発的な娘とぶつかって喧嘩になったりもする。
「そんなに怒ることなん?」って夫に言われてしもたり。
はぁ。分かってるけど熱が入るんだよね。。笑
「できるようになったら楽しいことを知ってほしい」
「多少嫌なことがあっても、乗り越えられる人になってほしい」
そんな欲が、娘のプレッシャーになることもある。
この先の、彼ら彼女らの人生のことを思っての選択だとしても、今、ここにいる私のこどもたちが1つも笑顔になれない事なら、究極意味ない。
何かを選ぶというその行為よりももっと、大事なことは他にあるよと教えてもらった気がした。
「褒めても叱ってもいい愛情が伝わっているなら」
わかっているつもりだけどたまに忘れることがあるから、こういうタイミングでこの投稿が見れてよかったなと思ったのでした。
書籍もあるみたいだよ
シェアされた投稿をみて田口さんのアカウントをフォローしたんやけど、この「どちらでもいい」の投稿に辿りつくまでめっっっちゃ時間かかりました。笑
というのも、今の段階(2018年6月)で、投稿数が3540件。
ヒエーーーーッ!!!
どうしてもシェアしたくて一生懸命探したよね。笑
この「どちらでもいい」の詩を含む、人気の投稿を掲載した書籍もあるようです。
パッとお気に入りの詩を取り出せる本か、浴びるようにw読めるインスタグラムか。
気になった方はお好きな方をチェックしてみてくださいね。
※追記
先ほど下書きの方投稿してしまって、文章が途中の部分がありましたが笑、訂正しました。「あれ?」と思った方もいたと思います、、混乱させてしまい申し訳ありません!
こんにちは🌞
素敵な詩ですね。
私もフッとした時に思い出そうと思いました…
カチンコチンな育児はしてないつもりやけど、やっぱり女の子に生まれた以上、躾は大事かなって思ったりもするし、お行儀の悪い事はしてほしくないし…
これも押し付け?毒親?って考えたりもしたり(笑)
わーめっちゃ分かります!
「のびのび育ってほしい」といいつつも、つい色々言ってしまってます。笑
最低限必要だと思うことは伝えたいけど、そのさじ加減が難しい!